火もとは樋口富の小路とかや 舞人を宿せる化屋
より出で来けるとなん 吹き迷ふ 風に とかく移り
ゆくほどに 扇をひろげたるが ごとく末広になりぬ
遠き家は煙にむせび 近きあたりは ひたすらほの
ほを地に吹き付けたり 空には灰を吹き立て たれば
火の光に映じて あまねく紅なる中に風に堪えず吹き
きられたるほのほ 飛ぶがごとくに
して 一二町を越えつつ移りいく その中の人
うつ々心あらむや 或は煙にむせびてたふれ
ふし 或は炎にまぐれて たちまちに死ぬ或は
又 わずかに身一からうして随たれ共資財を取り
出るに及ばず七珍万宝 さながら灰燼となりにき
その費 いくばくぞ 此のたび公卿の家十六焼け
たり ましてその外
数へ知るに及ばず すべて都のうち 三分が一に
及べりと ぞ 男女死ぬるもの数千人馬牛の類ひ
邊際を知らず 人のいとなみ 皆愚かなる なか
に さしもあやふき京中の家をつくる とて 宝を
費し 心を悩ますことはすぐれてあぢきなくぞ
はべる へき また 治承四年卯月のころ 中御門
京極のほどより大なる つじ風おこりて
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