2011年12月12日月曜日

我流川柳 世相実写

人多く    しかし人なし   みな孤族

国はただ  意思持つ怪物  どこを向く

親思う  子が少なしは   世界一

骨抜きの  教育受けて  どこ向かう

DPP   語らず参加  どうする気

弱い者  置き去りいじめ  極まりき

直葬と   いう名の不明  三万人





   




2011年10月17日月曜日

歴史散見④ 邪馬台国時代

日本史最大の謎  邪馬台国
この邪馬台国という国の文字そのものが 我が国にはないのも大変な不思議なこと

中国の魏で司馬遷が 中国を取り巻く周辺の国家像を単に書いたに過ぎない
まして二千年近く後世の日本の為にと思って書いたなどは有り得ない。
なのに この魏誌に登場している倭人伝が大変な反響となって こんにちの日本を戸惑わせるとともに
古代史最大の謎解きの本として君臨している
なぜ日本には邪馬台国という名称すらないのだろうか?

この時代はまだ古事記日本書紀の記紀の世界であって まだ何の歴史も知られていない頃

歴史というのは 事件事件の連続で その事件を単に書き連ねたにすぎない
だから、歴史がないということは 裏返して考えると  大変に平和な世であったに違いない
毎日天下泰平の世ならば 事件事故もなく 何にもなかった したがって歴史もないということになる

戦争もない平和な時代は  おそらく日本列島はじまって以来延々と続いて来たに相違ない
人口も少なく  秩序の保たれた良き時代であった筈で 村社会では 神がかりの長(おさ)を中心に
人々は互いに尊敬しあい 助け合いながらの理想郷であった
こんにちから見ると 原始の野蛮な時代だと偏見に満ちた見方をされているだろうがとんでもない
今の経済至上主義 の乾いた砂漠のような社会ではなかった

物にこそ恵まれていなかったが 人間らしい豊かな社会が有史以来続いた

変化があったのは 人間が我欲に取りつかれてからである

例えば 食べ物の餌の採り方    魚も其の日に皆で食するだけしか採らない
キノコだって食べられるかどうかを判定したのは 神がかりの卑弥呼のような村の長
今 毒のある魚  毒のあるキノコ といって食べられるか食べられないかの判断はついているのは
きっと 神がかりの人々が神にお覗いをたてて 教えられた結果であろう

こうやって毎日毎日統制のとれた社会が続いていた
しかし 日本は島国   この島に 大陸の動乱で難民となって逃れてくる者は 帰化人といって格好よく
語られるが  事実はこの帰化人たちが日本社会を戦乱の社会に引導した張本人であったろう
更に 古代は女社会
卑弥呼に象徴される女のリーダー
女は元来平和主義  男は闘争的 
いろんなことが見えてくる古代史観

2011年10月11日火曜日

歴史散見③ 捕鯨の歴史と現在

日本の捕鯨に世界の反対が多く商業捕鯨は現在中止されている

この現実に 食文化の相違が明らかになっているものの、捕鯨の歴史を辿れば
矛盾だらけなのである

アメリカやオーストラリアが捕鯨反対の急先鋒であるが  彼らとて捕鯨を
やっていた歴史があり まさに辻褄があわない

ことにアメリカに関しては、誰しもが知っている黒船。

この黒船は最初から軍艦として建造されたには違いないが  元々捕鯨船の一部で

あったことは疑いようがない

西部開拓から太平洋に船で乗り出し  駆け回ったのは何も冒険するためではなく

油が必要であったが  まだ石油が発掘されていない時代のこと。

日本の歴史上アメリカと最初に接触したジョン万次郎は 四国沖の太平洋で漁船が

嵐で遭難し 流された先の鳥島で発見され救助されたのは アメリカの捕鯨船であった。

ここから日米の歴史は始まったと言っていい。

即ちアメリカが太平洋に乗り出したのも 捕鯨が目的であった。

クジラから採る油を求めてもう無計画に捕獲し尽くしたと言ってもいい。それくらい採りまくった

とったクジラは解体して  油のみ採取すれば肉や骨総ては海に捨てると言う荒さ。

こんなことをテキサス州で石油が発掘されるまで延々と続け、その間クジラは激減した

事実は  世界で発表されない

日本は和歌山県の太地町や佐賀県の呼子町など各地に捕鯨の町があるが、

アメリカのように大々的に船を仕立てて狩り尽くすようなことはしていない。

時々沖合に回遊してくるのを見張り所で発見して みんなで捕獲した程度で、一頭を

仕留めたら  暫くは町も潤う生活だったようだ。だから これらの町の捕鯨は

クジラの絶滅を心配するほどのことは  何もなかった。

ところが   アメリカのすさまじい捕鯨の前には  日本に回遊するクジラも激減

したほどのものであったようだ

油が石油にとって代わるとともに  アメリカの捕鯨は止んだ。

黒船の来航は丁度捕鯨たけなわの頃、確かに船の補給などの目的も

あって 開港から開国を迫ったのだが、これら捕鯨の歴史には知らん顔。

そして150年以上経過した現在では 日本の商業捕鯨を身を呈して反対している。

人間は自分が必要でないなら反対し  必要なら強引にやり遂げるのだろうか。

反捕鯨団体は理由の一つにクジラが可哀そうだというが、では食物の一つに

牛、豚などがいるが 牛は殺してもいいとでも言うのだろうか。

クジラも牛もどちらも哺乳類の極めて高度な頭脳を持った動物には違いがない

クジラはイルカと同様  相当に頭がいい

しかし牛は西洋人にとっては食物の対象としか映らないようだ。

先日スペインの闘牛で闘牛士が角で顔を突かれる事件があった

顎の下から目に抜ける傷は重傷では済まされない程の事故

この事件は昔から予見は出来た

闘牛場で観客を集めて牛を興奮させて剣で突く。そして最期は殺す

こんな残酷なことは日本ではしない      彼らは食の対象としか

見て居ないからできることなのだ。

このように考え方、文化の違う人種は、クジラに関しても激突

力関係の強いほうの考えに従うのが世界の流れなのか。

そして、クジラを取るのを止めてアメリカの牛をもっと買えという。


世界中を見渡すと クジラを食する人種は他にもいる

北極圏のイヌイット、エスキモーといった人達。更にはノルウェーなど

北欧文化圏の人々。これらの人達はクジラは生活必需品

ささやかに捕獲するのは目をつぶって 矛先は日本のみ。

日本を目がけて集中砲火。

その関係から下関や横浜の捕鯨基地はもうずっと前から閉鎖

現在はごく僅かの調査捕鯨のみ行っている。

こんなに矛盾した世界は一体どうやって収拾したらいいのだろうか。

歴史を観ればどちらの言い分がどうなのか  観えてくる気がしてならない




  

2011年8月5日金曜日

今朝のしののめ23年8月5日(金曜日)

今日は多少の波乱含み模様   雲がやや荒れているところを見ると
午後の雷雲が荒れそうな予感。                                                         
昼の炎暑の最中は 何も考えることが出来ないほどに過ごしにくい
朝の気温はそれを和らげて 穏やかそのもの                                  

毎日色んなことが起きている人生。ただ真実は一つ。自分の心を
信じて 常に前向きに生きたいと思う。紆余曲折、波乱万丈なれど
天が見てくれている。私には神がついてくれていることが解った。

2011年8月4日木曜日

今朝のしののめ23年8月4日(木曜日)

  • あれだけ暑い日中も  早朝は爽やかで心地よい

しののめは素晴らしい 

静まり返った中でも  耳を澄ますと  遠くの道路で走る車の音   一番電車のレール音

最も心に響くのは鳥のさえずり

夜が明けるのを待っているかのような鳥

それ以外は  シンシンとして 別世界

こんなにも朝が気持ちいいのは   今の時期が最高だろう

2011年8月3日水曜日

今朝のしののめ23年8月3日(水曜日)

最近珍しく きれいに晴れ渡った空。
太陽の昇る速度は すごく速い !
もう  あれよあれよという間もなく 光を放つ
やはり 地球は動いている実感
また、私自身も留まることなく動いている
とめどなく 年をとる
だから 何かをしなくちゃいけないのだろ
朝から感動したところで これからやろう
今日はなんだったっけ?
少ないようで多い   多いようで少ない
やるべきこと

気がついた   とにかく自分は宇宙に守られ
監視されているということが。
つまらぬ日常の些細なことに気をとられ
そして 捉われることのないようにしていきたい
今朝の勉強になったこと   で   し    た

2011年8月1日月曜日

今朝のしののめ23年8月1日(月曜日)

もう八月    お盆月   先祖のお祭りが  多い月
暑くて 早く過ぎて欲しい気がする  
でも 今朝は随分夜明けの時間が遅くなりました   これから坂道転がるように 暗くなる

繰り返し繰り返しこんなサイクルで歳月が過ぎていく
今の我らは その 時間の旅人にすぎないのだろうか
でも 旅人といっても  旅した証しはすくなくとも印したいと思う

2011年7月31日日曜日

我流川柳 酔狂の世相感 7


刺さざれば  絶命なしに  済むものを      
                               蚊ほどうるさいものはない  刺さなければ 死ぬこともなかろうに

夏が来て  早や飽きがくる  新婚か
                             夏が終わり秋は飽きの季節か

台風の   余波で旧家は  ガタンピシ
                              強風 自然災害は 家の屋根や軒をガタガタにしてくれる

楽しみは  買い物テレビ  高齢者
                              高齢者に限らず こんな生活に似てくるようで 何となしに

鳴きに鳴く   七日の命    何の意義
                              蝉しぐれ  僅か一週間の命という 鳴くことが使命だろうか

今朝のしののめ23年7月31日(日曜日)


日本列島は狂っている

今朝また強い地震    昨日の新潟大洪水  西日本の酷暑

洪水は 新潟の人曰く   こんな雨八十年生きてきて 初めてだ    という

なにもかも 初ずくめ   そして 天災多発

雨と思えば豪雨   台風は強烈   地震も 途絶えることなく頻発

もう安全な安心な地域など 何処にもない

いつ どうなって    何が襲いかかるかわからない

今日は また新たな命を貰ったとして  感謝する以外ないかな


今朝のしののめは こんなに穏やか              なのに何故?

ある日突然 ある人間は天災により 何もかも奪われる      どうして?


何がどうなっているのか 知りたい   教えてください

2011年7月29日金曜日

今朝のしののめ23年7月29日(金曜日)朝日を拝む意義


一夜にしてスターになる サッカーの『なでしこジャパン』のような人達もいれば、最初は持ちあげられもてはやされても   後には散々酷評される人もいる。

所詮  人気というものは  霞のようなもの   実体のないもの

ない実体を ある  として捉えると 人生を誤る
当の本人は 事前事後とも何等変化がないのに   世の評判というものは上下自由自在

毀誉褒貶

その結果 人生に失望して 最悪の決断を下す人もいる


そこまでは なくとも、就職氷河期と言われる状況でなかなか就職が決まらない学生

まるで 人格まで否定されたような気分を 味わうと 多くの人は言う

たしかに そんな気分になることを否定はしない


しかし、決してそのようなことは ない

就職が決まらないのは  その人が  たまたま受けた企業と合わないだけで

その人は別の立派な道がある筈だ

どんなに 失望しても 天は人を見捨ててはいない

朝になれば  必ず陽はまた昇る    どんな人であっても

失望することなんか  なんにもない

職がなければ  自分で職を作り出せばいいじゃん   

就職するというのは 依頼心以外ない

あるいは 就職にノーと言われたら  いい機会だ  世界の放浪の旅でも出るか

人は その人にしか出来ない 用が与えられてる

それを捜そうよ     旅をするのは  自分発見が目的

つまらぬ企業など  こちらから 捨ててやれ

僅かの給料で全人生を縛られるなんて

縛られたくはない !

人の価値  人の尊さは  たかが職などに  左右されない


昇る朝日は 黙って すべてを 我に語りかけてくれる

だから   毎朝   しののめ  を 拝むんだ

気分的に落ち込んだら   早起きして   しののめを拝もう

つまらぬ妄想など   吹き飛んで    本当に我を取り戻し  元気にしてくれる

太陽は我にあり

元気出せよ と いってくれる

これこそが  本当の 応援

生きる意味をしののめが教えてくれる

2011年7月28日木曜日

今朝のしののめ23年7月28日(木曜日)

夕べ熱帯夜で 寝苦しい時間であった
今朝は平和な夜明け。何も風雲急を告げるものはない
なのに 人間世界では 毎日毎日よせばいいのに と思う事ばかり起きている
 これらは  みんな我欲から端を発したものであろう

昨日 世界の平均寿命が発表された
女84才で世界一は変わらず    男79才は世界四位     とのこと

そのはるか昔の天皇は     400才から どうかすると700才という信じられない年数が
書かれた資料    物語にも 190才の翁が180才の翁に語りかけるというものがある

本当だろうか

年二回の収穫時期をもって  各々一才とすれば  倍の年
それにしても400才は200才

あるいは   これほど長生きしていたのかもしれぬ

昔のことは    やみの彼方

しかし  いずれの日にか  白日のもとにさらされる日がくる
その時  人間の真実が解るだろう

2011年7月27日水曜日

今朝のしののめ23年7月27日(水曜日)

久しぶりのしののめ情報   何故か撮影気分になれずに駄日を数えた
今朝は もう秋に向かい 随分と夜明けが遅くなった                               
昨夜は久々の熱帯夜であったが、朝は壮快それだけ夏至から進んだ
といえようか。明け方 パラリと散雨                                                        
               
今朝は鳥の声も普段通り  そして雲の様子も風雲急を告げる様子もない
ことから、今日も何とか安穏な一日だろう。                                             
自然が神様。山の神 海の神 大地の神
                                                                                                                                                                                                                            


2011年7月25日月曜日

我流川柳 酔狂の世相感 6

またまた   懲りもせず   独断と偏見で  我流の無法な川柳を   書きました
でも  これは 川柳とは言わないんでしょうね。正当な川柳の人に失礼

ゲリラ雨(う)に   空を見つめて  歩く癖
                     毎日 何処かで雷が    突然のゲリラ豪雨がやってくるから 用心

新幹線      あな恐ろしや   中国は
                 中国の新幹線が事故    それを隠すように  事故処理    怖くて乗れません

アナログが  消えたきのうは  テレ殺到
                 昨日まででアナログ放送終了   デジタル受信しか映らなくなる   問い合わせ殺到

酷暑には  昭和に回帰   扇風機
                扇風機が よく売れている

水風呂で  我慢の日々は  いつまでぞ
                 我が家はエアコン節約  水風呂で  昼の暑さ回避対策

虫とりの    網振り回す      家の中
                香取り線香よりも  捕虫網 振り回す方が手っとり早いや

2011年7月18日月曜日

今日の揮毫23.7.18月曜日

陰徳ある者は必ず其の栄を享(う)く

巧言は美と雖ども之を用いれば必ず滅ぶ

今朝のしののめ23年7月18日(月曜日)なでしこjapan優勝

あれよあれよと 言う間に今朝の サッカー世界一

いやあ       優勝が決まった瞬間  涙が出ました    素晴らしい感動しました  有難う

心を揺り動かす とは こんなことですね    やるんだ という信念が今回の優勝の原動力になっている

試合は  苦しい展開を耐えに耐えて  不思議と  あれよあれよという間に 勝利の方向へ     

目に見えない 後押しが 相当大きかった   勝つという信念が廻りを動かした

夢は必ず実現する      実感

いいお手本でした

久々の嬉しい  明るい  ニュース

選手の皆さん

私も負けずに頑張るよ~

2011年7月17日日曜日

歴史散見 ② 斉明天皇


時は西暦660年  斉明天皇の時 朝鮮半島は風雲急を告げた。唐と新羅の連合軍は百済と対立。我が国は百済を支援していて、国内では最前線の筑紫に指揮基地を移す。661年3月に娜大津に磐瀬行宮(いわせのかりのみや)を設け さらに同年5月9日には朝倉橘広庭宮に拠を移すも、7月には、斉明天皇あっけなく病死。このくだりは 日本書紀にも載っている。

『五月の乙未の朔の葵卯に天皇朝倉橘広庭宮に遷り居します 是の時に朝倉社の木を斬り除ひて
此の宮を作りし故に 神忿りて殿を壊つ  亦 宮中に鬼火を見る是に由りて大舎人と諸の近侍 病みて死ぬる者衆し』  と。

天皇の居所を建てるのに 神社の大木を切り倒して  それを使って建てた為に  神の怒りにふれて
急死し、従者もみな病気で死んだとある。

御神木を切ったら祟りがあるというのは 昔から聞いていて この話は本当だなとつくづく思う

その後 この筑紫の大本営である朝倉広庭宮は廃止 息子の中大兄王子が天智天皇となって斉明天皇の喪に伏して恵蘇八幡宮に仮安置し祀るとある 

これを機に国運も傾いたのか、663年の白村江の戦いで 唐と新羅の連合軍に百済と倭の同盟軍は敗退し  九州への退却とともに国防戦線を張る   その後に出来た太宰府防衛の水城築城や大野城の構築など   唐からの侵攻に備えた。

斉明天皇の神木を斬る行為が後を引いたとは思わないが、思いもしないきっかけが 運を変えることは十分考えられることで     現代にも生きていることだろう

百人一首に  『秋の田のかりほの庵のとまをあらみ我が衣手は露に濡れつつ』天智天皇
というのが歌われている。この歌は 朝倉に於いて斉明天皇を祭る時 歌われたものだろう

今日の揮毫23.7.17日曜日

大器晩成し宝貨舊(う)れ難し

千古の書を読み天下の士を友とす

今朝のしののめ23年7月17日(日曜日) 朝廷

まさに朱夏    真っ盛り
だが  盛りを過ぎても なお今後暑さを増そうという勢い。
土用丑の日はまだである。しかも 立秋過ぎてお盆の頃までは
暑さは予断を許さない。

しののめを何故毎日書く?
我が再生と二重写しに見えるのである。
毎日毎日我は甦る。
太陽パワーは絶大なり

沈む夕日は葬儀なり

むかしの政治    マツリゴトは朝廷   帝  ミカド  神門
全部 朝 行ったから朝廷という

今の政治は  夜中に料亭で

真夜中は鬼の出番

ろくな政治はできない

この意識改革しない限り無理


2011年7月16日土曜日

我流川柳 酔狂の世相感5

太平の眠りを覚ます原子力 たった一基で夜も寝られず

カンカンと 半鐘鳴らすも  菅降りず

おお暑い  ウナギ料理を  前倒し

台風の 不気味な進路   声ひそめ

車屋根  目玉焼きでも  作るかな

本当に暑い  日本最高の気温は38度  足湯ならぬ足水が はやる
川柳の思いつきも鈍り  こんな程度 出来悪し  また 出直そう



今日の揮毫23.7.16

柔能く剛を制す

平常心是れ(仏)道

今朝のしののめ23年7月16日(土曜日)

今朝は 久々に快適な夜明けであったが  気温が熱帯夜で夜の寝苦しさは此の夏一番
おそらく28度は越えていた夕べ。    パンダは気温が25度を超えると すぐに死んでしまう
という話を聞いたことがある。人間はどうなんだろう。灼熱地獄のアラビアの砂漠は60度
にもなるというから、たいした強さである。しかししかし、日本では30度を超えると熱中症
になりパタリパタリと人が倒れる。それだけ日本人は弱くなっているのだなと思う。
お日様には何の責任もない。人間が勝手に温暖化させているのだろう。お日様は何事
もなかったかのように 規則正しく天地の運行をされているだけ。規則正しく陽は又登る

2011年7月15日金曜日

今日の揮毫


天地相合して以て甘露を降す

誠心にあり精物に通ず          

方丈記を原文で書く ③

六条わたり迄いかめしく明けることはべりき  三四町をかけて吹きまくる間に其のうちに
籠れる家とも大なるも小さきも一として破れさるはなし    さなからひらにたふれたるもあり
けた柱ばかり 残れるもあり  又門の上を吹きはなちて四五町がほかに置き  また垣をふ
きはらひてとなりと一つになせり  いはむや家のうちのたから数をつくして空にあり  檜皮
ふき板の類ひ冬の
木の葉の風に乱るるがごとし  葵を煙鹿ことくふきたてたれば  すべて目も見えず  おびただしく
なりよどむ  音に物いふ声も聞こえず地獄の業風なりともかくこそはとそ覚えける  家の損亡す
るのみならずこれを取つくらふ間に身をそこなひかたはつける者数を知らず  この風ひつじさる
の方に移り行て多くの人の嘆きをなせり 辻風はつねに吹ものなれど  かかる事やある ただ事
に あらず
さるべきもののさとしか などぞ うたがひはべりし
又 おなじ年の水無月のころ 俄に都遷りはべりき  いと思ひの外なりし事也    大かた此京の
始を聞くは嵯峨天皇の御時 都と定まりにけるより後すでに数百歳を経たりことなりてたやすく
あらたまるべくも あらねば これを世の人たやすくす愁安へるさまことはりにも過ぎたりされど
とかくいふかひなくて御門より

始め奉りて大臣公卿ことごとく移ろひ 給ひぬ  世につかふるほどの人誰か独り故郷に残らむ
官位に思ひをかけ主君の影を頼むほどの人は一日なりとも とく移らむとはげみあへり時を
うしなひ世に余されて期する所なき者は愁ながらとまりをり  軒をあらそひ し人の住い日を経
つつ荒行く  家はこぼたれて淀川に浮ひ地は目前に畠となる  人の心みなあらたまりてただ馬鞍
のみをもくす  牛車を用と


      する人なし西南海の所願を願ひ東北の庄園をば好まず
      その時おのづから事の便り在りて津の国の今の京に到れり  所の有りさまを見るにその地
      程せばくて条理をわるに足らず  北は山にそひて高く 南は海に近くて下れり   波の音つねに
     かまびすしくて塩風ことにはげしく内裏は山の中なれば 彼の木丸殿もかくやと中々也
     字かはりて優なるかたもはべりき  日々にこぼち 川もせき

今朝のしののめ23年7月15日(金曜日)

今を盛りに 草木は伸びる  伸びる      生きとし生けるもの  みな 成長期

人も例外なく  青春を謳歌する

片や  ひっそりと  白秋から玄冬に向かう方々もいる

自然は繰り返す     人もまた 生死を繰り返すのに異論はない

即ち 輪廻転生      生まれ変わりである

太陽は   毎日  輪廻転生を見せる

人間に   これを見て   学べよ    と  ばかりに

人は 死をもって  終わりではない   

太陽の死は日没である   夜間は  見えなくとも  違う世界を照らしている

そして 東雲 と同時に   生まれる

人も 他界 即ち  違う世界に行くのである

そしてまた いずれかに  形を変え  この世に戻る

しかし  魂は不変である   性格は変わらない

これを 変えるのが一生の修行であろうか

2011年7月14日木曜日

我流川柳 酔狂の世相感4

政治とは  腹にいちもつ   手にお金


驚いた 鳥がカメさん  いじめてる


世の中は    口と 腹とが   違いすぎ


自分だけ   可愛がってる   エライさん


ペッタンコ    またペッタンコ    社長さん


美人顔     支える化粧    山ほどに

写生画作品⑤


いとよりを写生

今朝のしののめ23年7月14日(木曜日) 勝手に天気予報

勝手に天気予報をしてみます
正式な気象庁の天気予報とは別に   私なりの  勝手な 出鱈目な 予報を

今朝の様子は午前五時二十分の しののめ
曇りの中に朝焼けが少々       ですから   晴れるけれども  午後は 雷雨やにわか雨
この予報は当たる確率5%で  信用にたりません   念のため
ただ   暑さが厳しい  というのは あたりでしょう

アフリカや南の島の暑い国の人達の気持ちが解ります
こんなに暑ければ   しかも一年中であれば   労働意欲が減退します
産業は 温帯で興ったのも頷けます     酷暑の中で産業の発達というのは 考えられない
日本は四季に恵まれた素晴らしい国  
でも  最近は 酷暑  厳寒と   次第に厳しくなりつつあるような 気がします

2011年7月13日水曜日

写生画作品④

トマト写生

我流川柳

おばあさん  連れた犬より   まだ元気
                 引かれた犬は  へパ゛ッている   ひきつれたおばあさんは 元気元気

和食店  改装毎に エビちぢむ
                 お店はだんだんと大きく明るく、そして 改装開店するごとに
                 エビ丼のエビが  小さくなっていく       あ~あ

ゴミ出しの  日を覚えてる  カラスさん
                 カラスも生きるのに必死。ゴミを何曜日に出すのか覚えてる
                  その時間になると   不思議に舞い降りる  曜日違えば 寄り付きもしない
                 ゴミだし日忘れたら  カラスに聞こう !

車庫入れの  難し人が   大型車
             大型車の難しい人こそ  大型車に乗って  平然としていらっしゃる

 

今朝のしののめ23年7月13日(水曜日)

朝日は荘厳な自然の儀式

心まで生き生きと  そして厳かな気になるのが不思議でならない

たとえ  前日どれほど荒れ狂った天候でも    しののめは   荒れた光景を見ない

人の誕生と同じだろうか 

そして 沈む夕日は  人の死か

いずれにしても 人と対比させたがるのが  人情

昼間は人の一生とだぶって見える

今日はどんな日か     どんな人生だろうか

2011年7月12日火曜日

我流川柳 酔狂の世相感 3


女房の   ゴキブリ捕りに    捕えられ
              女房の 仕掛けた ゴキブリホイホイに   知らずに  捕まり   足元 べたべた
               故意にしたんだろう   女房が

笑ったり  泣いたり多忙   韓流は
              韓流ドラマ全盛   それを見る女房  見たくない亭主は チャンネルあきらめ
              それにしても  韓国人は 意思をはっきり言うねぇ

夕立は まるで爆撃   子供泣く
              雷    突風 そして豪雨のすさまじさに  小学生がおののいて 泣きだす

昨日まで  おおはやり店  今日倒産            字余り
             商売とは難しいようで  あれだけ盛況だった店も  今日は 影も形もなく廃業
             平家物語を地でいくような

今日の揮毫


慶雲興(けいうんきょう)
めでたい雲が生じること
雲は人間の気配で運を運ぶともいう
雲がめでたい時に生じると世の中総てがめでたい雰囲気になる

今朝のしののめ23年7月12日(火曜日)昨日の嵐


梅雨明けの実感のするこの二三日。だが連日の夕刻の天候急変即ち夕立ちはすさまじく、

とても夕立ちとは呼べない。あるところでは洪水警報も出るような激しいもので、自然の

怒りというものを感じる。何ゆえにこんな怒りを買っているのだろうかと思うと、人間側の

行為を思わずにはいられない。昨日はその天候急変をつぶさに観察した。にわかに

雲が真っ黒となり、そして突然に突風が吹きまくる。雲の動きが飛行機でも及ばぬ

ロケット並みの速さで東から西へ、高所から地上へと雲が爆撃のように降りてくる。この

様子こそ、まさに竜が襲いかかるような様子に見えた。そしてすさまじい稲妻。最初は

遠く小さな雷鳴も、豪雨とともにすぐ近くにバリバリと物凄い地鳴りを伴って響き渡る。

すぐ近所に落ちたのが解った。プチっという音とともに、テレビ、パソコンが作動しなくなる。

きっと雷が落ちた影響だろう。ともかく凄い、恐ろしいの一点につきる。でも朝は静かだ

不気味に静まりかえる。日の出の様子は本当に荘厳の一字に尽きるだろうと思う。

どんな写真などもはるかに及ばない美しさ、壮大さ。しののめに惹かれる。



2011年7月9日土曜日

今朝のしののめ23年7月9日(土曜日)

梅雨はあけましたか?
ようやく 晴れ間が覗く朝     夕べは湿気で熱帯夜  
今年初めて クーラーを付けた夜
よく眠れました  今のところ 眠れないほど考えることもなし 
カエルの面にXXXXX といったところ
睡眠時間には諸説ある
私は3時間寝ると OK。8時間睡眠が常識のように言われるものの、
個人差あり。そして何時間睡眠が一番いいのかは、決まっていない。
要は  脳を休める時間の事と見る
レム睡眠、ノンレム睡眠
深く眠る  または惰性で眠る
学者の、識者の 意見は  あくまでも参考意見であり 押しつけられるものでもない。

人の年齢というものは
起きて仕事などの活動をしている時間をいうのであり、
やたらに惰眠をむさぼっても長老とは言わない  寝ている時間は進歩がない。
人生経験の長さ、深さを言うのであり、年齢の高さのみで価値があるとは言わない
従って、同じ80歳でも  睡眠の短く 仕事などの時間の長い人は100歳の価値
逆に寝てばかりの人は  50歳の人生経験でしかないだろう。
 年齢が人の価値を決めない    価値とは経験の豊富さ。

さらに    若さを保つ秘訣というものも   人により千差万別
ここにも学識者の意見というものは 入る余地はないのと同じ
 胆力  魂力   というものがある
この精神世界こそ本当の本物であるだろう

2011年7月8日金曜日

我流川柳 酔狂の世相感2


神童が今や人生引導され
小学生で神童社会人で唯の人から今や破産宣告

涼しさが耳にしみ入る滝の音
涼しさや岩にしみ入る蝉の声に同じ

七夕の願いはひとつお金持ち
常日頃から金があればとの口癖

雨降って地固まらず犬猿人
もともと仲の悪い同士

隣家森切ってしまえば熱地獄
隣の庭木は涼しかったのに  なんで切るの?

今日の毛筆便り23年7月8日(金曜日)


昨夜の大雨洪水警報の発令が、まるで嘘のように何事も無かったかのように
今朝は静まりかえつた時を迎えた。天は一体どうしたと言うのだろうか?
毎日が何か異常な事態を迎えつつあるような気さえしてくる。
今度は何を言い出すのだろうか。静かに暮らすのが目標ですから  どうか
よろしく願います

今朝のしののめ23年7月8日(金曜日)

雨がようやく止んだ

毎日衣服の着替えが大変

昨日の多忙は何だったろうか    まるで津波のように押し寄せてさっと消える

総ては夢

今は朝の静けさに身を置いて思考の時間

もう過去には戻らない    どうもがいても賞賛しても  総て夢

何事もなかったかのように  陽はまた昇る    どんな所にも誰のところにも

2011年7月6日水曜日

今日の毛筆便り23年7月6日(水曜日)


矢張り雨です 今年の梅雨は陽性型だそうです
ザーッと強く降ってはカラリと上がるという。
でも仲々カラリと終らない勢いである。多分いつ
梅雨明けたか解らないで終るのであろうと予想
する。世界広しと言えども日本だけがツユがある
のだろう。ヒマラヤ山脈がその基になっていて
本当に日本というのは有り得ない島という気が
する。総てに恵まれた美しい日本。この事を知り
えた幸せ。

2011年7月5日火曜日

今日の書 木原隆治の書画作品

忍耐

今朝のしののめ23年7月5日(火曜日)

ようやく朝が明けたような感がある今朝    夏至から二週間経過すると  日の出時間も 相当遅くなってきました。
雨ばかりの昨今   青空に何故か安堵感。

路地の野の花に最近とみに心惹かれるのは何故だろう

人により植えられ  そして開花したものより   逞しく生きて ひっそりと花開く 野の花がいい。

人は荒波にもまれ   踏まれて 成長する

花も厳しい自然を生き抜く姿に感動する    いとおしくなる

誰に見せるためでもなく   ただ あるがままの姿を見せてくれる

2011年7月3日日曜日

今日の書 木原隆治の書画作品

少年老い易く学成り難し  一寸の光陰軽んずぺからず
未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉己に秋声

2011年7月2日土曜日

今日の毛筆便り23年7月2日(土曜日)


またもや雨が降り出した。土用日は子供達に沢山会える日
なので楽しみな日の一つである。ところが今日は流石(さすが)
に疲れた。子供というのはエネルギーの固まり。短時間て゜も
、その相手するのは当方も相当なエネルギーを要する。
でも嬉しい事の一つには違いない。殊に純朴である丈に
よろこびもひとしおである。あまり気を許すのは御法度。
難しいよ。

今朝のしののめ23年7月2日(土曜日)

雨は降らないが    太陽も昇らぬ  朝

田圃は 一面の水干潟      そこには   特に夜ともなれば  カエルの大合唱

もう     ウルサイ     どころの話ではない    

ところが   騒音と違い    爽やかな   賑やかさ

これが    農薬でも振れば   途端に   途絶える

止めてほしい     自然農法にしてほしい


生きとし生けるものた゜って   生きる権利がある

昔は田圃には  エビも田エビもいた       カブトエビもいた
魚もいた    ゲンゴロウもいた     トンボのヤゴもいた 
ザリガニもいた   むろんカエルも

ありとあらゆる 命の場所だった

それが

消え去って   

人間の命だって     このようにならない保証はない

それが証拠に    子供が減少しているのは 何故か

もっと  みつめよう   自然の大切さ

2011年7月1日金曜日

今日の毛筆便り23年7月1日(金曜日)

月も変わったけれども、七月の幕明けにふさわしく天気も
朝から大荒れ。夜明けに大雨が降ったかと思えば一転
曇りから晴れ間も臨く午前五時は私の思索の時間であり
色々な事が頭をよぎる。机を見ると昔の写真があった。
仲間の若い顔が沢山だが、もう過ぎた過去はメルヘンに
すぎず、本日をもって廃棄処分した。未来を目指して前進
あるのみ。!  誰しも歳を取る。昔は霧の彼方。これから